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▲櫛田神社
■山笠の歴史
博多祇園山笠の誕生は、諸説いろいろあるそうですが、1241年(鎌倉時代)承天寺の開祖、聖一国師弁円が博多に流行した疫病退散の為祈祷した施餓鬼棚(せがきだな)に国師自ら乗って町の人が担ぎ周り、甘露水を撒き町中を祈願しみごと病を鎮めたのが始まりといわれています。
現在では、この説が一番有力だそうです。




昔は、博多人形で飾りつけた10mを超す飾り山笠を舁いた時代もありましたが、電線を切断するとの事で現在の舁山(かきやま)の大きさになりました。
また、戦前までは東長寺が山笠をおこなっていましたが昭和19年に戦況が険しくなるなか、東長寺は山笠を中止しました。このとき代わりに櫛田神社が山笠を行ない、これ以後から現在まで櫛田神社が行っています。

以上のような理由で追い山笠のときには東長寺、承天寺の前を敬意を表するために清道を造り、かならずまわることになっています。

▲東長寺

750年以上の長い歴史と伝統のある祭で、昭和54年には、国の重要無形民俗文化財に指定されました。


■ちょっと小話 「福岡」と「博多」の地名の由来と歴史
現在の福岡市は人口130万の政令指定都市で福岡県の中心都市で県庁所在地でもあり、「アジアに開かれた国際都市」としてアジアで最も住みやすい都市の一つに数えられ、福岡及び九州の中枢からアジアの交流拠点へ、ますますその役割を強めています。


▲博多駅
「福岡」とは意外に古くなく関が原の戦い後の慶長6年、黒田長政が那珂郡警固村福崎の地に福岡城を築城し、黒田氏の故地備前の国(岡山県)邑久(おく)郡福岡の地名にちなみ命名したものです。 「博多」とは古くは、奈良時代の「続日本紀」から見られる古い地名でその由来には説がいろいろあり、人や物産が多く集まり土地が広博であるとの解釈から来た説や鳥が羽を伸ばしたような地形である事から「羽形」と称されたとする説、元来は、「筥多」であり「筥」とは周囲を河海で囲まれた島状の地形を言うことから来た説、又、船舶が停泊する潟に由来する説等があります。 。

古来、遣唐使の時代から、中世の商人の活躍など、国際交流・商業貿易の拠点として博多は繁栄を重ねてきました。 それから関ヶ原の戦い以降、黒田藩が筑前の地を治めるようになりその新しい城下町を博多の西側、福岡に形成しました。 そうして現在の中洲に流れる那珂川を境に、、西が武士の町「福岡」、東が商人の町「博多」として、都市が形成されました。 明治の世の「市制及び町村制」の公布により、「博多市」にするか「福岡市」にするかの大論争になったそうですが、福岡県令で市名を「福岡市」と告示し、福岡市制が始まったとのことです。 しかし、その論争は、昭和の時代まで続きましたが今では、福岡に住む人の郷土意識の愛称として「博多」の名が親しまれており、場合によると博多の名が福岡からとって代わるぐらいです。

▲那珂川
尚、昭和47年福岡市が政令指定都市になり、区制施行で、「博多区」として公称に蘇り、現在に至っています。また、博多湾やJR博多駅という呼び方で、福岡への出入り口として皆さんに親しまれています。




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